日本で弦理論を研究する常勤職が得られると思わないようにしましょう。

日本のアカデミアの状況、特に素粒子理論の職は非常に逼塞しています。たとえばこの記事を読んでください。僕は現在四十すこし前ですが、僕より若い素粒子理論屋で日本で常勤職についている人はごくごく少数です。これは、今からこの分野をはじめて、将来的に日本で研究職を得ようと思っている学生さんには知っていてもらわないといけないことです。

これは日本以外に職がないということではありません。たとえば、中国では最近いろんなところが日本人を含めてスタッフを雇っているので、狙い目かもしれません。また、理論物理でも素粒子論以外はもうすこし職の状況はましなように思います。


ということが立川さんのホームページに書かれています。

また、いろいろなところで分野を問わず日本のアカデミアポストを取るのは厳しいと言われています。

そこで、素粒子理論業界(hep-th, hep-ph, hep-lat分野)に限り学位取得後15年以内のアカデミアに残った人の状況について調べ、現状について調べていきたいと思います。

調査対象

今回は2007年に学位を取得した世代以降について調べることにします。年齢で言うと42・43歳以下くらいです。またhep-th、hep-ph、hep-latの3分野を合わせて調べますが、境界領域に属してる人も少し含まれてしまっています。あと、年齢が自分より上の世代やhep-ph、hep-latの人については抜けがあると思います。

補足として

  • 調べる対象は、素粒子理論業界でポスドクをしたことがある人に限ります。例えば、学位取得後、すぐに分野転向をした人は除いています。
  • 日本で学位を取得した人に限っています。
  • 就活失敗し、1年間だけポスドクをしたという人も除いています。
  • ポスドクをし、その後高専でポジションを取った人は含まれていますが、ポスドクとなることなく高専のポジションを取った人は除外しています。高専の人に関する情報は不正確です。
  • 素粒子理論を辞めた人については、分野転向と民間就職で分けます。分野転向は大学・研究機関での研究職とし、民間の研究職は含まないことにします。また、分野転向に関しては他分野で論文を書いたり、科研費を取った場合に分野転向したとみなしています。
  • 准教授でさえも任期ありのポジションが増えているため、任期なし・任期ありかが本人に聞かない限り分からない状況です。任期ありのポジションでも審査により任期なしに昇格できることもあります。そのため、任期なし・任期ありと区別していますが、間違ってる可能性は高いです。
  • 「経歴により特任助教として扱う」というポジションはポスドクとして扱います。基盤Bなどの科研費で雇われていることが多く、大学運営に関わることはないポジションなので、ポスドクとしてみなすのが妥当だと思います。

 

表にしてみた

2007年から2021年に学位を取得した人の母集団は

  • 2007年から2011年: 72人 (30人)
  • 2012年から2016年: 93人 (43人)
  • 2017年から2021年: 61人 (23人)
  • 累計: 226人 (96人)

です。括弧内に東大・京大出身者の人数を記載しました。 

Pythonで表を作ったことをアピールしておきます。

 

まず、2007年から2011年のグループは

     

のような内訳です。任期なし・任期ありは日本における助教以上のポジションを表しています。海外は日本以外の助教以上のポジションのことでポスドクは含んでいません。約1/2程度の人が助教以上の職に就けているのが分かりますが、約1/6程度の人がいまだにポスドクとして残っています。 


次に、2012年から2016年のグループを見てみましょう。内訳は

   

となり、約1/2程度の人が助教以上の職に就けていますが、任期ありの割合が多いです。さらにポスドクの数は、日本国内で助教以上の人より多い状況です。 

 

ポスドク5年以下の2017年から2021年については

 

となり、ほぼポスドクという状況です。少なくとも、ポスドク歴数年で日本で任期ありでも助教以上の職を取るのは厳しいという状況が分かります。

 

最後に3つのデータをまとめた円グラフを掲載します。


 

   

2002年から2006年に学位を取得した人のデータ(61人)を参考までにグラフ化すると、

 

となります。データ抜けはあると思います。

この図を一番最初のグラフ(2007年から2011年の図)と比べると面白いことが見えます。日本と海外を含めて、助教以上のポジションの割合は、どちらも全体の半分程度で変わらないです。しかし、海外で職を得ている人が顕著に増えます。徐々に日本のアカデミアポストが減って、研究を続けるには海外で職を取らざるを得ないということでしょう。


まとめ

日本で助教以上のポストを取るのは、厳しいことがよく分かります。学位取得後11年目から15年目に限ってみると、約2/3程度の人はアカデミアポストを得られている一方、約1/6程度の人はいまだにポスドクのままです。6年目から10年目を見ても依然として厳しい状況にあるのが分かります。特にこの世代は人数が多く、この世代がポストを得てしまうと、数年・数十年はポストが空かない状況になるので、下の世代はさらに厳しい状況になるかもしれません。

少なくとも、日本でアカデミアポストを取るのは厳しい状況であるのが分かると思います。

 

現在アカデミアポストを取るのが厳しい理由として、運営費交付金の削減によってポストが大きく削減されています。特に、任期なしの助教ポストは現在ほとんどありません。そのため、日本で任期なしのポストに就こうと思うと、任期あり助教を経るか一気に准教授になる必要があります。しかし、以前の記事(これこれこれ)で調べたように要求される業績はどんどん上昇しています。さらに公募の数も以前に比べて減っているような気がします。やはり今の若手は昔と比べて、だいぶ厳しい状況に置かれているのではないでしょうか?

 

個人的に気になったのは、アカデミアポストを得られなくてもポスドクを続けられる、つまり民間就職をする人はそこまで多くないことです。助教の採用時の年齢制限は35歳と言われているので、ポスドクを10年以上続けるとその年齢を超えてしまいます。

 

最後に分野転向の内訳を述べておくと、

  • 機械学習・ディープラーニング: 4人
  • 実験物理: 1人
  • 生物物理: 1人
  • 広報・アウトリーチ、物理教育: 2人 

です。やはり、素粒子理論にもディープラーニングの波が迫っており、分野転向をした人がいます。 


追記として、なぜ素粒子理論分野でここまでアカデミアのポストを取るのが厳しくなっているのか個人的意見を書いていきたいと思います。

  1. 一つ目は、上記にも書いたように運営費交付金の削減によりポストが大幅に減っていることです。そのため、この分野では、任期なしの30代の助教より40代以上の助教の方が多い気がします。
  2. 少子化高齢化が進んでいるので、大学進学率が高くならない限りアカデミアポストは減少する。
  3. 各大学院で、教育をしない・できないにも関わらず、大学院生を大量に受け入れている。そのためポスドクになる絶対数が増えている。(教育されなかった院生は自然淘汰される可能性が高いので、もしかしたらアカデミアポスト問題には影響しないかもしれません。)例えば、私がビジターとして訪れたアメリカの大学院では、各教員に1, 2名程度しか大学院生がいなかったように思いますが、日本であれば、各教員に5名以上大学院生が割り当てられているような状況もあります。
    他国と違い、授業料を大学院生側が払うので、大学院生の希望を尊重するのは分かりますが、現状のアカデミア問題を解決するためには、教育できない・しない学生を取るべきではないと思います。
  4. アメリカでは、2期目や3期目でアカデミアポストに就けなかった場合、アカデミアを離れる人が多いらしいです。理由として3期目・4期目以降のポスドク先を見つけるのが困難だからです。日本では、アカデミアポストに就けなかったシニアポスドクを雇うこともあり、アカデミア問題を助長しているような気がします。
  5. 日本の民間就職システムとアカデミアの相性が悪い。日本では、新卒として採用されるために学部3回生、M1、D2ぐらいのうちに就職活動を始める必要があります。博士課程に進学するか・アカデミアに残るかどうかの判断として、研究活動が成功するかどうか・ポスドクの行先が決まるかどうかを基準にする人もいますが、その判断ができるのは就職活動の終わるM2以降やD3の1月でしょう。
    新卒一括採用のため、ポスドクになって以降の民間就職は、新卒採用に比べハードルが上がるように思える。例えば、中途採用枠だと○○分野での業務経験が要求されたりし、詰みます。

1, 2, 5 に関してはどうしようもない面が強いですが、3, 4 に関してはアカデミア側でいくらかは改善できる問題な気はします。

自分の周りを見渡すと、ポスドクになった人であっても必ずしも自分ひとりで研究をできている(つまり自分のアイディアで論文を書く)わけではないようなので、素粒子理論分野の現状ではポスドクになった人の半分くらいがアカデミア業界のポストに就けるのが妥当な状況だと個人的には思います。

 

関連本

アカデミア・ポスドク問題もいろいろ議論されているので、様々な本が出版されています。例えばこんな本があります。

読んでみたいけど、紙版で読みたい...

 

最後に

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